ミハエル・シューマッハ引退~モナコの景色とともに
ベネトンの黄色いマシンで、どんどん前を抜いていく姿が思い出される。
「サーキットの、走るジュラシックパーク、ミハエル・シューマッハ。この男には恐怖という言葉はないのか、コーナーを攻めて攻めて攻めまくります」。古館伊知郎の半ば意味不明な(?)実況が頭に残っている。
小学生のころ、F1グランプリに夢中だった。見所がたくさんあった。
マクラ―レン・ホンダの“アイルトン・セナ”とフェラーリの“アラン・プロスト”の優勝争い。日本人初のF1ドライバーで、「雨のナカジマ」と呼ばれた中嶋悟の活躍。1990年の日本GPで日本人初の3位表彰台を獲得した鈴木亜久里の存在。
そんな中、ファンだったアラン・プロストが引退し、F1への興味を失いかけていたころに現れたのが、シューマッハだった。
中嶋悟とコンビを組んだこともあるネルソン・ピケの後継者として、ベネトンが獲得したシューマッハ。当初は、その荒削りさからリタイヤ(途中棄権)が多かった。けど、すぐに才能は花開き、ピケどころか、チャンピオンのセナと肩を並べるほどになった。
セナが事故死した1994年、シューマッハは初の年間王者になる。
その後、デイモン・ヒル、ジャック・ヴィルヌーヴ、ミカ・ハッキネンなどと、文字通り「しのぎを削る」こととなる。その戦いぶりから「ライバルとの接触が多く、スポーツマンシップに欠ける」との批判も多い。
しかし、彼は、低迷していたフェラーリを復活させ、2000年からは5年連続総合優勝を果たした。人気・実力両面で、セナ亡きF1界を支え続けたことは間違いない。
勝利への貪欲さ、窮地での冷静さ、レースの流れを読む洞察力。「ターミネ―ター」と呼ばれたのもうなずける。
確か、2002年には、スキージャンプのスベン・ハンナバルト、サッカーのミヒャエル・バラックとともに、ドイツの最優秀スポーツ選手(英雄)にあげられていたはず。
2006年度のF1グランプリで、彼は新たな伝説を作る。
最後尾(22位)のピットスタートからの5位入賞。7月、モナコを訪れたとき、自然とシューマッハの走りが思い浮かんだ=写真。(彼の引退前に訪ねれたのはラッキーでした☆)
モナコGPは一般道路を走る市街コース
そんな彼が、10日、今季限りの引退を表明した。所属するフェラーリの地元イタリアでのGPに優勝した後だった。
「今こそ引退を言うのにふさわしいときだ」。
こんなにカッコいい引退表明があるだろうか。うーん、他を思い出せない…
「やっぱり、スターだ」
寂しさよりも、「ありがとう!」の気持ちが先に来るのがその証拠。
どんなラストを飾るのか。昨年度の覇者で、現在獲得ポイントトップのフェルナンド・アロンソとの新旧王座対決はどうなるのか。
鈴鹿での日本GP(10月8日)を含めた残り3戦から目がはなせない!!
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