2007年4月12日 (木)

オーストラリアの水不足とコミュニケーション~報道ステーションから

何日前だっただろうか、メルボルンの中心を流れるヤラ川上流で、古館伊知郎が取材していた。川の水は激減。以前、ヨットレースが行われていた湖はその様相を完全に変えていた。単なる干からびた土地。

ショックだった…

オーストラリアビクトリア州にあるメルボルン。2年ほど前、約2カ月間、ホームステイで滞在した土地だ。

ヤラ川は、街の中心部を流れ、時間があると河畔で読書していた場所。

無料でバーべキューが出来る施設もあるし、川沿いにロッドラバー・アリーナがある。

そう、毎年、テニスの全豪オープンが行われ、先日、世界水泳2007(北島康介が金メダルを獲得した)が行われた場所だ。

川の雰囲気は、フランス・パリのセーヌ川に似ている。セーヌ川では、橋の欄干にまたがって本を読んでいた。かの有名なポンヌフ橋か芸術橋だったろうか。ヤラ川での読書はそのときと同じ気分になれた。

Marinerstwilly30oct04003_1メルボルンで忘れられない出来事がある。ホームステイ先(=写真)でバスタブに水を張っていたときのことだ。日本で風呂に入るのは当たり前。でも、オーストラリアでは違う!!

デンマーク人のステイメイトは、激しく怒った。

「オーストラリアには、充分な水がないの。私の故郷もそう。山がない国は世界に多いのよ。恵まれた自然を持つのに、なぜ、あなたたち日本人は無駄遣いばかりするの」

18歳の少女の言葉は胸に突き刺さった。俺を含めた日本人の身勝手さ、環境への意識の低さ、ひいては心の未成熟を知った。

20代後半の新聞記者が、高校卒業したての女の子に説教される状況は日本では考えにくい。目からうろこの言葉、貴重な体験だった。

環境教育を日本の学校はもっと行わないと。大人の人は、まず、チーム・マイナス6%から。

そして、年齢の別なく対話・議論できる場所をもっと持ちましょうよ☆

先日、デンマークの少女からメールがあった。2年ぶりだった。忙しい日々の中、連絡を取っていなかったけど、すぐに想い出はよみがえった。

しっかり話し合えば、違う文化・年齢の人でもわかりあえる。僕たちの友情は、議論の日々からうまれたのだから。その発端が、環境問題だったことを報道ステーションが教えてくれた。

世界遺産である「那智の滝の写真をプレゼントしたときの彼女の笑顔が忘れられない。

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2007年4月 8日 (日)

沖縄・離島の旅@座間味島①~民宿のお父さんとの出会い

ここ数年、毎年出かけている沖縄の離島。取材がきっかけで、南西諸島に興味を持った。今回の目的地は、慶良間諸島にある座間味島だ。

 毎度、乗りかえや待ち合わせ専用になっている那覇。

今回は、那覇の泊港からの旅だったので、少し観光することにした。

といっても、2時間…

 今まで、車窓からしか見たことがない那覇。

そういえば、モノレールが見えてたなあ。ってなことで、乗ることにした。

通称“ゆいレール”

沖縄の方言で、「ゆい」は結い=結合=共同=協働、「まーる」は順番のことみたい。

東京の山の手線や大阪の環状線もこんな感じの名前にしてもいいかも。

県庁前駅で降り、かの有名な国際通りを味わうことにした。

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泡盛やちんすこう、琉球グラスなどの土産屋からソーキそばやタコス、ラフテー などの飲食店まで通りの両側に所狭しと並ぶ。街路樹のヤシの木が沖縄情緒をただよわせる=写真

 慌しい出発だったので、秋・冬物の衣類しか持ち合わせていなかった。グラス店のお姉さんに、衣料店を紹介してもらう。

“HUB BOX”地元の若者に人気のショップらしい。

まずまずの品揃えだった。安保反対の新聞がプリントしてあったハーフパンツが印象的。

面白かったが、品の微妙さに手が伸びず。本州でも手にはいるようなものを買った。

 ウインドーショッピングの最後に、グァバとさとうきびのアイスクリームを。おいしかった♪

泊港からの高速船は何かの罰ゲームのよう。

ジェットコースターにずっと乗ってるようだった。船員のお兄さんに助けを求めると、「後ろに移動してください」。なるほど、吐き気も収まり、ゆっくり景色を眺めることができるようになった。隣で、平然と座っていたおばあさんの凄さを知った。

小さな船に乗るときは、後ろに乗りましょう!!前方は、おもいっきり波の抵抗を受けます。

 宿に着いたら、すでに日は落ちかけていた。天気が悪かったことに加え、前日(当日?)午前2時まで働いていたこともあり、旅館でのんびり過ごすことに。

 いつも離島の宿ではいろんな人に出会っていた。今回の宿は、俺のほかに30代後半のダイバー一人。内向的な(?)人だったので、なかなか話しが盛り上がらず、一人で過ごすことに。残念……

宿のお父さんが奨める泡盛をいただきながら、リビングで読書して過ごしていた。

これはこれで、優雅な時間。泡盛もうまかった!!

ソファーでうたた寝していると、大きなもの音が。はっと目が覚めた。時計を見たら、深夜1時前。ウエットスーツを着た男が、部屋の奥の闇から出てきた。

 お父さんだった。

Pict2300_1 夕方会った人と同じ人間とは思えなかった。鋭い眼差し、乱れた息づかい。

銛を片手に素もぐり。大きなイカと魚を捕まえてきていた=写真

外は嵐。海が荒れていることは容易に想像がつく。酸素ボンベも船もない漁。

狩猟といったほうがいいかもしれない。島の男の凄さを肌で感じた。

お父さんの迫力、イカの大きさに興奮したが、明日のために就寝。

そう、座間味での目当ては“ホウェールウォッチング”♪

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2006年12月11日 (月)

南仏の絶景、世界遺産の世界~プロヴァンス①

半月にわたる南欧の旅も半分が経とうとしていた。

アヴィニョンで迎える1回目の朝。

焼きたてのクロワッサンにコーヒー、フレッシュフルーツ。全てが美味い!!

南仏の2つ星ホテルは、気持ちよく朝を迎えさせてくれた。

城壁で囲まれた街の中を通り、さっそくアヴィニョン橋へ向かう。

途中、ツーリスト・インフォメーションでマップとガイドをもらうと、「あなたの国籍は?」と受付の女性が。英語のガイドから日本語のガイドに変えてくれた。日本語ガイドがなかったフィレンツェ、ヴェネツィアを思い出し、不思議だった…

ほうっておいても客が来る都市とそうでないところの違いかな。

Pict1287 「アヴィニョンの橋で踊ろよ、踊ろよ……」で有名なサン・べネゼ橋(アヴィニョン橋)。

橋を対称軸に位置するローヌ川、城壁都市は、絶景!!

Pict1280 ローヌ川の氾濫や戦争で破壊され、対岸まで通っていない橋に何ともいえない趣きがあった。橋の終点が川の中っていうのも面白い!

Pict1286 サン・べネゼ橋周辺には観光バスの停車場がある。それは、あまり気持ちのいいものではないけれど、近くの河畔に美しい花が!!

湿度のないプロヴァンスにあって、生き生きと咲いているラベンダー=写真。道路沿いで、バスの排気ガスもある。それに負けない生命力に感動した。

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城壁の外から階段を登って、ロシェ・デ・ドン公園へ。雄大なプロヴァンスの風景と子どもたちの笑顔に癒された。写真は、みんなちょっと緊張しちゃってるなあ…

Pict1375 そして、世界遺産としても有名な法王庁へ。ローマ法王がアヴィニョンにいたのは、旅行計画時、初めて知った。

Pict1295 新宮殿と旧宮殿があるけど、かつての栄華はほとんど感じられない。それよりも、外から見る荘厳ないでたちが素晴らしい。そういえば、内部には演劇のホールがあった。

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そう、訪ねたのが一年に一度あるアヴィニョン演劇祭の初日☆(写真は、街中にある演劇案内のポスター)

ラッキーとしか言いようがない!!

街中には、フランス国内外からやってきた数多くの劇団がデモンストレーションをしていた。夕方からの公演のPRをしてるんだね。パンフレットももらった。観たかったけど、南仏一番のお目当て“ポン・デュ・ガール”に行きたかったので、断念。でも、デモンストレーションでも充分楽しめた♪

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一番興味深かったのは、『mascarade』(仮面舞踏会)。フランス語はわからないけど、だいたいの情景が伝わってきた。ドキドキした。

さて、午後はツアーを利用して、ポン・デュ・ガールへ Allez! On va?(れっつごー)

BMWでの心地いい小旅行。日本の企業で、10年間勤めた後、妻のふるさとであるエクス・アン・プロヴァンスで過ごしているガイドの男性と老夫婦の4人旅。ガイドの男性は、三人が(俺が?)楽しんでいる様子に、配慮し続けてくれた。予定より2時間ほど長い旅になっちゃった。残業ごめんなさい…。そして、ありがとう!!

Pict1301 ポン・デュ・ガール(水道橋)への道は、ポプラ並木(アカシアだったっけ?)。忘れちゃった…

Pict1333 強い日差しの中、銀色に光る葉、街道の門番のように整然と並ぶ木々に言葉を失った。フランスの造形美は、パリだけでなく、田舎にも生かされている。

Pict1302 眼前にそびえる建築物に言葉を失う。圧倒的な存在感。

これが、2000年以上前に造られていたとは…。

美しさとともに、古代ローマ帝国の技術力に驚いた。何ていったって、全長50キロメートルで、17メートルの勾配。キロあたり、34センチ。すごい!!

当時、日本は、弥生時代。青銅器が中国大陸からやって来たころ。卑弥呼も生まれてないんだもん。

Pict1310 橋の上からアーチになっている上方の導水路を眺めてみる。歳月を経た石の姿に、思いをめぐらした。赤、黒、茶、おうど、白、見る角度からさまざまな色彩を放つ。完全に、やられてしまった… 

Pict1308 橋の壁には落書きが…=写真。日本やドイツなどでは「けしからん!!」と怒られそうだけど、これも歴史を感じさせる一つとなっている。たぶん、19世紀の建築家を志す若者が残したものだろう。

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橋を渡り、階段を上ると、水が流された橋の頂上に。ここから、たくさんの人の生活の糧が作られたんだね。

Pict1315 少し奥に行くと、地面が石灰質になる。

「行ったことがない」とガイドさん。俺が下見をすることに。山を少し降りてみる逆からのガール水道橋は、また違う味がある。個人的には、裏からの景色のほうが好き☆

ガイドさんは、「次から、コースに入れます」とおっしゃっていた。

駐車場へ戻る帰り道。

ガルドン川には、ピクニックに来た家族ずれや崖から飛び込みをする若者たちが。

日本の観光地では考えられない光景だった。「危ない」「恥ずかしい」「雰囲気が損なわれる」といって許されないだろう。よくも悪くも、個人主義。フランク(frank)王国の名残かな。

俺も混じりたかったけど、ツアーなのでがまん、がまん。後で聞いたら、今までで一番長い滞在時間だったらしい…

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2006年12月10日 (日)

東北の旅①~山奥の秘湯と銀世界の会津若松

12年ぶりの中学時代の友人との再会。その場所に選んだのは、雪景色の東北だった。

前日に東京入りし、早朝出発した。

東京では、神田神保町の古書街に初めて足を運んだ。

学生時代、京都で過ごした俺だったが、こんなにたくさんの本屋が軒を連ねている場所は初めてだった。東京での楽しみをまたひとつ見つけちゃった☆

Pict2011 友人の車に乗り、レインボーブリッジから朝日を眺める。あまりの美しさに心奪われちゃった…

気分爽快で最初に訪ねたSAには、何と、うさちゃんが!!=写真

Pict2015 佐野ラーメンという栃木のご当地ラーメンをいただいた。サービスエリアの名物品って、意外とおいしいんだよね。土産も含めて。何といっても、車外に出た後の空気が格別♪

福島県南部の観光をした後、中部・会津若松市へ。白虎隊が自決した飯盛山に行く。

Pict2032_1雪が降る中、20人の若者の心に触れる。

戊辰戦争の際、幕府軍の一員として戦った彼ら。

官軍に追われ辿り着いた飯盛山から、主君のいる鶴ヶ城が戦火に包まれているのを見て、もはや落城したものと思い自刃した。飯沼貞吉(1854~1931)氏だけが通りがかった地元の人に助けられたため、この話が知られることになったという。

現代では、ばかばかしいかもしれないけど、主君に忠誠を尽くした16、17歳=写真に思いを馳せた。飯盛山全体に切ない空気が流れていた。

Pict2036Pict2037_1 水のきれいさ日本一で有名な猪苗代湖に行くと、駐車場に鴨の群れが。さすがに驚いた。

友人に、「旅館の晩飯、鴨鍋なんじゃない?」と言っていると、当たっちゃった…

Pict2040 湖の北側にそびえる雪模様の会津磐梯山は絶景。東京への新幹線から見えた富士山も良かったけど、摂氏零度くらいの中、見るこちらは格別!!

旅館に向かう国道115号線は、全路線が雪道。吹雪のため、ほとんど前が見えない。泣き面に蜂、ところどころ凍っているところもあり、スリップあり、ハイドロあり。ハンドルを左右に振り続け、やっとのことで旅館に着いた。

新野地温泉“相模屋旅館”

Pict2049 旅館に着いたら、まずは温泉でしょ。ってなわけで、露天ならぬ野天風呂へ。

屋外に出ると、猛吹雪&零下の世界がご挨拶。さぶい、さぶい。

30メートルほどの階段道を降りたところにある温泉が見えたころには、飛び込み準備完了。湯温は熱い!!入浴後、温度差のため5分ほど震えがとまらなかった。

山形から登山仲間とやって来たおじさんは、ビールとつまみを持参。温泉の贅沢を満喫していた。乳白色の温泉は、保温効果抜群☆

入浴後は、零下の世界へ身を出しても、全く寒くなかった。ただ、湯あたりするので、注意が必要。かなり硫黄が強いので、長時間入浴してると、肌がやられます。ちなみに、帰宅後一週間の俺の顔はまだ荒れてます…

とくに、女性の方、気をつけてね!!

晩御飯は、鴨鍋・岩魚と山菜のてんぷらなど。オプションで、馬刺しと鹿刺しもつけたっけ。臭みがなくて、なかなか美味かった☆

翌朝、大満足で、杜の都・仙台へ出発!!

といきたいところだったけど、車が雪だるまに。さて、どうなることやら…

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2006年11月17日 (金)

プロヴァンスへ~南欧・列車の旅

Pict1272 サッカー選手の三浦知良(カズ)が、日本人で初めて世界最高峰のリーグ、イタリア・セリエAに挑戦した土地ジェノヴァ。ミラノからの列車は、30分ほど駅に滞在していた。列車の窓からは、新旧混じった美しい街並みが広がる=写真。確か、アメリカ大陸を見つけたコロンブスの生まれ故郷でもあったっけ。

6人のコンパートメントでの移動。イタリア語を話す5人と日本人の俺。中学生くらいの女の子は雑誌に夢中だったけど、他の4人は会話が絶えない。ジェノヴァまでは、睡眠不足解消にちょうどよかった。目覚めてからがいけない。会話に入れない…

旅行前、『幸せになるためのイタリア語講座』(オススメですよ~♪)というデンマーク映画を観たことで満足していたので(?)、ほとんど勉強しなかった。

なので、

景色を眺めたり、読書したり、自分の世界に入っていた。

途中から、ジャンヌというおばさまと二人になった。

英語で話しかけるも、ほとんどわからない模様。電子辞書、日英伊辞典、そしてボディランゲージを駆使して、会話を試みた。ちなみに、おばさまはフランス語ならわかるらしい。

フェラーリやマセラッティの生産地であるモデナ出身。会社の事務員をしている。ニースへバカンスに向かっていて、友人(?)と待ち合わせをしている、とのこと。

俺の職業を伝えると、「イタリア語やフランス語ができないのに、南欧へ来ているの?仕事で来たの?バカンスでもたいへんでしょ」と驚いていた。

そして、お互いが共通の言語を持たないことに、ストレスを感じた。

「会話って難しいね」とふたりでしんみり。

いつの間にか列車はニースへ。15分遅れで到着。マルセイユ行きに乗り換え。

日本の旅行会社は、ニースでの乗り換え10分弱のチケットを発行しようとしたけど、40分後の列車のチケットをお願いしていた。予想通り!!よかった、よかった。

案の定、俺が乗ったマルセイユ行きTGVには、乗り継ぎに失敗した乗客がたくさん。

料金を徴収する車掌を前に、頼みこむ若い婦人(たぶん10代)がいた。

フランス語なので詳細はわからないけど、「今、手持ちが足りない。赤ちゃんがいるし、どうかマルセイユまで行かせて。遅れたのはあなたたちなんだから、お願い、お願い」といった感じだった。30分ほど、やりとりがあって、彼女は支払いを免れた。

これは、フランスではよく見かける光景で、彼らは徹底的に自分の意見を貫く。列車の切符売り場でも、美術館の入り口でも、スーパーマーケットのレジでも。後ろに人が並んでいようが関係ない。また、例外が認められることが多々ある。事情を理解してくれた場合や人間として(?)受け入れられた場合、しつこさにうんざりされた場合などなど。

良くも悪くも個人主義。全てを杓子定規にかけなかったり、率直であったりするところは、けっこう好き☆

Pict1273 そういえば、マルセイユ駅(=写真)に到着すると、荷物の多い婦人を見て、乗客のみんなが赤ちゃんの乗ったべビーカーを運んでいたなあ。心温まるトピックだった。

Pict1447 アヴィニョンTGV駅からアヴィニョン・サントル駅へはシャトルバスで(新横浜―横浜、新神戸―神戸みたいな感じ)。

サントル(中央)駅に着くと、アヴィニョンの街を囲む城壁が見える。夜も更け、ライトアップされている姿は美しい限り。駅から1キロ以上はなれたホテルへの石畳の道は険しかったけど、南仏に着いた感動が後押ししてくれた。

ホテルに到着。二つ星だけど、イタリアとは全く違った。英語は完璧に通じるし、ホテルは綺麗。部屋に入ると、ダブルベッドで、しかも大きなバスタブ付き!!

風呂上りに、軽くワインを飲んで、ばたんきゅー♪

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2006年11月 9日 (木)

ミラノ~モードの街の朝を体感♪

ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅で、マルゲリータをほおばりながら、ミラノ行きの列車を待つ。いろいろあって、お疲れモード(ヴェネツィア④を見てください)。

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅では、定刻になってもヴェネツィア行きの列車が発車ボードに表示されなかった。色んな人に聞いたけど、「I don’t know」「I cannot speak English」の答え。かなりパニックしたなあ。

結局、列車の到着が20分ほど遅れたため、掲示板に到着ホームを記せなかったというオチ。

ミラノ行きの列車くんは、数分遅れたものの、素直だったので助かった☆

ただ、ご機嫌ななめだったご様子。

一時間ほど遅れて、到着された。明日のミラノ出発は、午前11時。睡眠時間をとられちゃった。

ミラノ中央駅には夜中まで開いてるスーパーマーケットが!こういうのが旅行客には助かるんだよなあ。そして、さすがはミラノ!日本人の女の子のパーティを見かけた。たくましい(?)彼女たちは、半ダースが梱包されている水入りペットボトル(1.5ℓ)の束を分解。それぞれ1本買っていた。俺もそのおこぼれにあずかることに。

「ミラノの周辺の地図はわかりづらい」「ミラノのタクシーはストライキ中」「駅からホテルまで数時間かかった」旅で出会った日本の方の言葉。

確かに、地図は間違ってたけど、すんなりチェックイン。アメリカンタイプの大きなホテル。日本のビジネスホテルと違うのは、バスタブがないことくらい。今回の旅で初めてエアコンと出会った。でも、なんか…なんだよね~。

時間がないので朝食を抜く予定だったけど、空腹には勝てず…

地下のレストランに行くと、アジア系の人たちがたくさんいた。そういえば、カプチーノを注いでくれたウェイトレスさんは、東南アジア系の女性だった。

Pict1266_1 腹ごしらえをしたところで、地下鉄でドゥオーモへ。

通勤時間帯だった。日本ほどじゃないけど、地下鉄は満員。モードの街だけあって、ビジネスマン・ビジネスウーマンはおしゃれだった。

Pict1235 ゴシック建築の最高傑作を楽しみにしてたけど、工事中。しかも、屋上への階段は9時(だったかな?)にならないと開放されない。うーん、残念。

Pict1236    横からの姿はさすがに美しい

中に入ると、気分は一変。美しいステンドグラスと荘厳な主祭壇に心が洗われた。

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Pict1249_3 ドゥオーモ広場とスカラ座を結ぶ十字型アーケード。カフェやブティックが並ぶ

                                     

                                        

ヴェネツィアのゴンドラクルーズで知り合った方オススメのスフォルツェスコ城へ。

Pict1253 地下鉄の駅を登ると、目前に茶色い城が。まるで、クリスマスケーキの上にあるフエハウスのよう。

入り口のあるカステッロ広場の周りには、日常の時間が流れている。会社へ急ぐビジネスマン、通学のためバスを待つ学生、信号待ちする車の群れ…

城とのギャップが印象的だった。

Pict1258 城の中が市立美術館になっていたけど、通過してセンピオーネ公園=写真を臨む。

ここで時間切れ。お目当ての『ロンダニーニのピエタ』(ミケランジェロが死の直前まで彫り続けていた)は観れなかったけど、まあいっか。帰り際、遠足(課外授業?)の小学生と行き違えた=写真

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さあ、南仏・アヴィニョンへ。経路は、ミラノ→ニース→マルセイユ→アヴィニョン。

チケットがとれなく、乗換えが多くなった。

Pict1267 大理石をふんだんに使った美しいミラノ中央駅=写真で、列車を待つ。

Pict1269 ミラノ中央駅構内

お気に入りの写真です

いつも困らせる駅の掲示板。今回は、「NICE」を目的地にするものが表示されていない。

チケットにある番号の列車の目的地は「GENOVA(ジェノヴァ)」になってる…

列車のホームに行き、車掌に尋ねると、「これはNIZZAに行くよ。ジェノヴァで列車を切り離すから、行き先がGENOVAになってるんだ」

なるほど!

NIZZAは、ニースのことみたいです。VENEZIAが、ベニス(英語)なのと同じ。

イタリア。最後まで、惑わせてくれた。さすがに奥が深い…

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2006年10月26日 (木)

『CLOSER(クローサー)』~メルボルンの記憶を振り返りながら

3年ほど前、メルボルンにあるオーストラリア最大のカジノ“CROWN”に行った際、観ていた。少しでも「いいなあ」と思うところがあると、パンフレットを買ってしまう俺。メルボルンにはそういう習慣がなかったのを思い出す。映画のパンフは日本やアメリカだけのものなのだろうか。

英語のできない俺にとって、字幕付きでみることは大きな楽しみだった。

「どう感じるか」

結論からいうと、そう変わらなかった。ただ、詳細がわかることにより、男の側に寄り添った見方をすることができたかもしれない。メルボルンでは、アリス役のナタリー・ポートマンに酔いしれていた。

交錯する四人の男女の思い。

アリス、ダン、アンナ、ラリーの微妙な心の動きがうまく描かれている。

職業が同じであるため、ダン役のジュード・ロウに自分を投影したのは自然だったのかもしれない。非常に胸が痛かった。惚れた女の全てを知りたがる男のサガを見た気がした。

「真実」を知るべく働くジャーナリスト。仕事でそれを体現できないからだろうか、「真実」をアンナ(ジュリア・ロバーツ)やアリス(ナタリー・ポートマン)に対しても求めてしまった。

アンナは、ダンに恋していた。しかし、医者のラリー(クライブ・オーウェン)と結婚する。常に、「安全」を選ぶ彼女を象徴していたと思う。また、ラリーの心が離れたと感じると、ダンと関係を持った。

「嘘をつきたくない」という彼女の言葉は、正直な強い女性を思わせるけど、実際の行動は、……

ジュリア・ロバーツは自分の役・アンナを振り返る。

「一番ひどいことをした私でも、彼女に比べれば素人のようなものだわ。彼女はとてもずるい。でも計算されたずるさではないと思うの」

対照的なのが、アリス。

自分の気持ちに正直に、真っ直ぐに行動する。その美しさが、新聞社でくすぶっているダンの心に火を付けたのではないか。また、愛されない医者・ラリー(クライブ・オーウェン)も惹きつける。

好きな男の前では、いい女でいたい”と思う。それを体全体で表していた気がする。

だって、愛するダンの前では偽名を、ラリーの前では本名を告げていたんだもん。ストリッパーという職業に就いていたことも、何となくわかる気がする。

当時、ジュリア・ロバーツが好きだった俺でも、ナタリー・ポートマンに惚れちゃた…

ダンとラリーに共通するのは、“惚れた女の全てを知りたがる”ところ。そこに相手の都合は入っていない。外からは身勝手と思われるだろう。ダンとラリーの汚い男同士の争いにも見える。

ただ一つ、忘れないでおきたい。彼らが女を詮索するのは、本当に相手を愛していたからだということを。

僕たち、儒教圏の人間に受け入れにくい映画かもしれません。でも、偽善がない世界を感じられる素敵な映画だと思います。ぜひ一度、ご覧ください☆

公式HPはココをクリック♪

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2006年10月22日 (日)

アートとパスタと警官と~ヴェネツィア(ベニス)④

久しぶりの更新になります。書きたいことはたくさんあるのですが、南欧旅行の続きから…

Photo_6 朝、安藤忠雄が作った美術館を訪ねる。前日のゴンドラツアーで知り合った人が教えてくれた。大運河にかかるアカデミア橋には、“Where are we going”と美術館の宣伝=写真がなされていた。日本の歩道橋にある「狭い日本。そんなに急いでどこに行く」なんかのスローガンのよう。

Pict1202_1 美術館は、「SAN SAMUELE」という水上バスの駅のすぐそば。大運河に面している。名前を確認するために、現地で買ったガイドを見るも、載っていない…。最近出来たばかりなので、ガイドに加えなかったのか、前衛芸術への反発か、あるいは日本人が創ったものは認めないのか。考えすぎかなあ。

Photo_7 入り口には、ビニール風船?で作られたワンちゃんが=写真(犬に詳しくないので、種類は、?です)。愛らしいいでたち。

入場料は10ユーロ(1500円)。高い!日本の美術館みたい。でも、そのわけはすぐにわかった。エアコン完備&人件費。気温が高かったので、非常に過ごしやすかった。

4年前に訪れたフランス・パリのルーブル美術館を思い出した。ちなみに、イギリス・ロンドンの大英博物館は暑くて、サウナのようだった。ストライキをしていて、鑑賞できる部屋も限られていた。

ヨーロッパは、石造りで湿気も少ないため、屋内は涼しい。そのため、エアコンを付けていない家や建造物が多い。環境にもやさしいし。でも、近年、温暖化の影響でエアコンなしでは過ごしにくくなっている。2003年の夏、パリでは異常な暑さのため十数万人が死亡した。そのとき、日本のエアコンが飛ぶように売れたのは有名な話。

っと、今回の旅行に話を戻して。

美術館内は、水の都・ヴェネツィアとは一線を画す。

牛を輪切りにしてホルマリン漬けにした作品、日本の公共広告機構の「いのちくん」のCM(クリックすると同じものが観れますよ☆)、反戦PRのオブジェ、宇宙をイメージしたものなど、いろんな国の作家の作品が部屋ごとに並んでいる。

なかなか、面白かった。一見の価値あり!ただ、部屋ごとに監視員がいるので、ほぼマンツーマン状態が続きます(笑)。

Photo_8 お昼は、いい感じのレストランに。イタリア滞在中に、パスタを食べなきゃというのがあった。

席に着くと、ウェイターが「英語わかる?」とメニューを渡す。話すのは苦手でも、読むのは大丈夫な典型的日本人の俺。質問されたことが悔しくもあり、「その通り」と納得する自分もいた。

Photo_9 奮発して、イカ墨パスタを注文=写真。テーブルのバスケットには、バケット一本を切ったものとスティック菓子(包装はトマトプリッツの透明版みたいな感じ)。ひとりでこんなに食べれないなあ、と思っているとウェイトレスが登場。

Bon appetit(めしあがれ)”と言う笑顔はかわいいけど、なぜにフランス語を。

カプチーノを飲みながら日記を書いていると、最後にチョコレートボンボンのプレゼント。

素敵なサービスに酔ってしまった。ウイスキーが強かっただけかも(笑)

Photo_10 左の翼のある獅子は、ヴェネツィア共和国の象徴

Photo_11 昼食後、かの有名なサンマルコ寺院へ。すごい行列だった。

バルコニーからの景色は最高!!権力の象徴、4頭のブロンズ馬像にも出会えた=写真

モザイクで埋め尽くされた5つのドームも素晴らしい。ヴェネツィア共和国の金持ちぶりを感じさせられた。

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どちらの写真がいいですか?

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本島散策後の最後に、ゲットー・ヌオーヴォ広場に=写真

イギリスのジャーナリストオススメの場所で、ぜひ訪ねたかった。

静かな広場を囲むように、高い建物が隣立する。ヴェネツィア共和国時代、ユダヤ人が住んでいた地区。限られた土地に、彼らは住むことを余儀なくされたため、自然と建物が高くなっていったという。ただ、ヴェネツィアでは、どんなに反ユダヤ感情の強い時期でも、他の西欧諸国のように、民衆によるゲットー(ユダヤ人)襲撃のような事故は、ただの一度も起こらなかった。こういうところが好きなんだよなあ。

観光客も少なく静かで、風情があります。ベンチや水道もあるので、休憩にも最適!オススメです☆

ヴェネツィアともお別れ。

Pict1229 リアルト橋

Pict1228 橋の上は市場になっている。昔は、銀行が並んでいたらしい

Pict1233 列車出発1時間ほど前に、サンタ・ルチア駅=写真に到着。船酔いしていたのもあって、スーツケースにもたれながら駅周辺のベンチで座って(眠って)いた。すると、誰かが肩をたたく。目を開けると、2人の警官が。「何をしているのだ」と高慢な態度で質問する。寝ぼけ眼で、「疲れていたから、ちょっと休んでいた。ミラノ行きの電車を待っている」と答えた。成り行きは忘れたけど、ピストルとエンブレムの確認のみでパスポートを提示していた。

目が覚めてきて、ハッとする。「こいつら本物か」

(イタリアには偽装警官がたくさんいるようです。みなさんは、ちゃんと確認してくださいね。「手帳見せてもらっていいですか」と。)

トランシーバーでのやりとりを聴いていると、本物みたい。トリノやナポリと更新していた。パスポートに入国の刻印がないことで、疑われたようもよう。ロンドンで2階建てバスの爆破事件があったように、テロリストへの警戒心は強い。

今回の旅は、パリからの入欧だったけど、入国審査官はスタンプを押さなかった。みなさん、審査官には「スタンプ押して」と要求しましょうね。

警察官と入国審査官との温度差が、腑に落ちなかった。このあたりが、ヨーロッパらしい。

そういえば、先月、友人がグアムになかなか入国できなかったとのこと。昨年、シリア・ヨルダン・エジプトを旅していた。パスポートにシリアのスタンプがあったのが、問題だったらしい。悪の枢軸とのレッテル貼りもここまでくると、あきれちゃう。

アメリカとヨーロッパの違いを感じたトピックだった。

次の目的地は南仏・アヴィニョン。

夜行列車が満席で、ミラノで一泊することに。このおかげで、ミラノぷち観光することになるのだった。

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2006年10月 5日 (木)

ヴェネツィア(ベニス)③~ゴンドラクルーズと至福の夜

Pict1153 午後4時45分、本島から約2キロ離れたガラス職人の島、ムラーノ島内を全力疾走していた。5時半にスタートするゴンドラクルーズに間に合うために。

ムラーノ島には、数個のヴァポレット(水上バス)乗り場がある。なのに、一つの乗り場しか船が発着していなかった(理由は、ヴェネツィア②のブログを参照)。

乗り場まで約2キロ走ったと思う。本島までの海上キョリと変わらない…

旅先では、学生時代のような体力があふれ出てくる。1日20キロ歩いたり、走りまわったり、窓口で粘り強く交渉したり。なぜでしょ?

Photo 本島到着後、迷路のような小路や運河をダッシュ。なかには、人ひとりが通るのが精一杯の路も。へとへとになりながら、待ち合わせ場所の“サンタマリア・デル・ジリオ”に着いたのは、5時50分。

そこには一人の日本人女性が。ガイドさんだった。つい十分前までツアー参加者みんなで待ってくださっていた、とのこと。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そして、事情を話すと、「途中から乗りましょう!!」とガイドさんが機転を利かしてくれた。走っている際には、自ら交渉して乗ろうと、半ばあきらめていたので、ラッキー☆

Photo_2 日本人のツアー参加者が3隻のゴンドラに分乗していた。小運河で、一番前のゴンドラに飛び乗る。眼前には、さっそくヴェネツィアの日常が。

窓から上半身裸のおじさんが見えたり、干してある洗濯物が見えたり。小路や橋からは味わえない世界がそこにはあった。

石造りの建物の間に差し込む夕日、ゆっくり進む水辺からの景色、ゴンドリエレの技、そして2隻後ろのゴンドラからはアコーディオンの音色が。自然と、この地に心を奪われた偉大な故人(モーツァルトの家=写真)に思いを馳せた。

Photo_1

そして、ナポレオンの入城まで約1000年続いた海洋自治国家の悠久を感じた。

Photo_3 そう、ゴンドリエレにタバコを上げると、彼の気分は最高潮になった=写真。鼻歌まじりに、操縦技術を披露する姿は楽しかったなあ。

ゴンドラを降りると、この南欧旅行で一番の贅沢が。

ツアーだったので、晩御飯つき。エビがメインで、他は…

イタリアのシャンパンとトークに酔って、全く覚えていない。

鹿児島の大学で教鞭をとられている方とその親族とテーブルを囲んだ。彼らは、トリノの学会で発表した後、観光しているとのこと。

すごく心地いい時間だった。“清濁併せ呑む”こと、“いい加減に生きる(肯定的)”ことなどを教えていただいたり、現状の日本や互いの仕事について語ったり。

またいつか再会したいものだ。

フィレンツェのフェルナンド、ムラーノ島のガラス職人、そして夕食をともにした日本の方々。やはり、旅での出会いは素晴らしい。

食後、夜のサンマルコ広場を再度満喫し、最高の気分でベッドに入った。

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2006年9月23日 (土)

ラグーナ巡り、そしてガラス職人との出会い~ヴェネツィア(ベニス)②

ヴァポレット(水上バス)から石造りの建物が見えなくなる。本島から離れていく。海の中を通っていると、映画『ベニスに死す』が思い出された。着いた島は、13世紀にガラス職人が移住させられた“ムラ―ノ島”。ちなみに、『ベニスに死す』の舞台は、リド島。

船を降りると、さっそくガラス工房やショップに迎えられる。ショーウィンドウに飾られているグラス、花瓶の美しさ(=写真)に惹かれ店内へ。ワイングラス、ランプ、プレート、アクセサリーなどがところ狭しと並ぶ。Pict1133

しかーし、値段が…。いいなあ、と思ったものはだいたい1万円以上。

ここ数年の欧州諸国でのユーロの浸透による価格高騰に加え、円安が痛かった!まさに泣きっ面にハチ。(1ユーロ=150円なのです。4年前は、125円でした(涙))

“ガラス職人の運河”沿いの数店に入るも、予算内でフィーリングの合う品に出合えず。

安い製品もあったけれど、見るからにうさんくさかった。さすがに、made in chinaとは書いてなかったけど。

ガラス職人の島の運河沿いは、本島とは違う魅力があった。運河に並ぶボート、黒くないゴンドラ、水着姿でボートを楽しむ家族。観光客は多いのだけど、職人たちの日常を垣間見ることができた。

散歩を楽しみ、「ガラス博物館」へ。

Pict1143 ガラスの成分分析、時代ごと変遷する製品からオブジェ、シャンゼリゼまでが、さほど広くないフロアに展示してある。

イタリア語のわからない俺でも、存分に楽しめた。フランスのアール・ヌーヴォーを代表するエミール・ガレが創るガラスの世界とは、違う色彩・雰囲気を漂わせていた。

次に向かったのが、レース製品の島、ブラーノ島。寝不足だったので、対岸のトリチェッロ島を臨み、昼寝。緑の深い島を眺めていると、自然と眠っていた。

街中に入ると、ハンカチ、キャミソール、テーブルクロス、カーテンなどのレース製品が並ぶ。

「場違いだ」とすぐ感じた。そんな中、プロ根性?を見せ、写真をカシャ。

Pict1158_2 Pict1159_1

               

Pict1154 カラフルな家並みが美しい島だった。気の向くまま路地や橋を進んでいると、船乗り場から最も離れたところまで来ていた。

本島に戻るため、ヴァポレットを待っていると、ある思いが。

「やっぱりグラスがほしい」

途中にブラーノ島に寄ることにした。この判断が、幸運な出会いを呼ぶ。

船乗り場近くではなく、ガラス博物館近く(少し観光客の数が減る)の店を散策することに。その中に、映画俳優&監督のジョン・マルコヴィッチ似の気難しそうなオヤジがいる店があった。それぞれの製品がしっかりしていた(と俺は感じた)。15分ほどじっくり眺めていると、オヤジが話しかけてきた。

「君はいいセンスをしてるね。そのグラスは世界に一つしかない。だって、モザイクをひとつひとつガラスに注入しているからね」

他の店と比べた感想、仕事に対する感想を伝えると、彼は雄弁になった。

Dsc_1280 グラスの作り方やグラスの作りの苦労(うまくグラスの底を作るのが難しい。ガラスを早く切らないと、モザイクが固くなってしまい、うまくグラスにはめ込めないなど)から安価な中国製の製品を売っている店が多くなっているヴェネツィアの現状まで。話しは、1時間に渡った。ライトに照らし、一番美しく映えるグラス(=写真と強固で美しいペンダントを買った。

さあ、1時間半後に予約してあるゴンドラの旅&ディナー(今回の旅で一番のぜいたく)のため、本島へ。

船乗り場で待つも、いっこうに来ない。最初は、「ここは日本じゃないから」とのんびりしてた俺も、時刻表の2本のダイヤを時間が過ぎて、焦りだした。

Pict1166                         

ジェラート店の女の子に訪ねると、「ここにはもう来ないわよ。本島へは○○からの船に乗りゃなきゃ。」

何と、ムラーノ島でゴンドラレースが開催されているため、ヴァポレットが運休していたのだ。

まずい、ゴンドラツアーに間に合わない!!

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