2007年4月12日 (木)

オーストラリアの水不足とコミュニケーション~報道ステーションから

何日前だっただろうか、メルボルンの中心を流れるヤラ川上流で、古館伊知郎が取材していた。川の水は激減。以前、ヨットレースが行われていた湖はその様相を完全に変えていた。単なる干からびた土地。

ショックだった…

オーストラリアビクトリア州にあるメルボルン。2年ほど前、約2カ月間、ホームステイで滞在した土地だ。

ヤラ川は、街の中心部を流れ、時間があると河畔で読書していた場所。

無料でバーべキューが出来る施設もあるし、川沿いにロッドラバー・アリーナがある。

そう、毎年、テニスの全豪オープンが行われ、先日、世界水泳2007(北島康介が金メダルを獲得した)が行われた場所だ。

川の雰囲気は、フランス・パリのセーヌ川に似ている。セーヌ川では、橋の欄干にまたがって本を読んでいた。かの有名なポンヌフ橋か芸術橋だったろうか。ヤラ川での読書はそのときと同じ気分になれた。

Marinerstwilly30oct04003_1メルボルンで忘れられない出来事がある。ホームステイ先(=写真)でバスタブに水を張っていたときのことだ。日本で風呂に入るのは当たり前。でも、オーストラリアでは違う!!

デンマーク人のステイメイトは、激しく怒った。

「オーストラリアには、充分な水がないの。私の故郷もそう。山がない国は世界に多いのよ。恵まれた自然を持つのに、なぜ、あなたたち日本人は無駄遣いばかりするの」

18歳の少女の言葉は胸に突き刺さった。俺を含めた日本人の身勝手さ、環境への意識の低さ、ひいては心の未成熟を知った。

20代後半の新聞記者が、高校卒業したての女の子に説教される状況は日本では考えにくい。目からうろこの言葉、貴重な体験だった。

環境教育を日本の学校はもっと行わないと。大人の人は、まず、チーム・マイナス6%から。

そして、年齢の別なく対話・議論できる場所をもっと持ちましょうよ☆

先日、デンマークの少女からメールがあった。2年ぶりだった。忙しい日々の中、連絡を取っていなかったけど、すぐに想い出はよみがえった。

しっかり話し合えば、違う文化・年齢の人でもわかりあえる。僕たちの友情は、議論の日々からうまれたのだから。その発端が、環境問題だったことを報道ステーションが教えてくれた。

世界遺産である「那智の滝の写真をプレゼントしたときの彼女の笑顔が忘れられない。

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2006年12月10日 (日)

東北の旅①~山奥の秘湯と銀世界の会津若松

12年ぶりの中学時代の友人との再会。その場所に選んだのは、雪景色の東北だった。

前日に東京入りし、早朝出発した。

東京では、神田神保町の古書街に初めて足を運んだ。

学生時代、京都で過ごした俺だったが、こんなにたくさんの本屋が軒を連ねている場所は初めてだった。東京での楽しみをまたひとつ見つけちゃった☆

Pict2011 友人の車に乗り、レインボーブリッジから朝日を眺める。あまりの美しさに心奪われちゃった…

気分爽快で最初に訪ねたSAには、何と、うさちゃんが!!=写真

Pict2015 佐野ラーメンという栃木のご当地ラーメンをいただいた。サービスエリアの名物品って、意外とおいしいんだよね。土産も含めて。何といっても、車外に出た後の空気が格別♪

福島県南部の観光をした後、中部・会津若松市へ。白虎隊が自決した飯盛山に行く。

Pict2032_1雪が降る中、20人の若者の心に触れる。

戊辰戦争の際、幕府軍の一員として戦った彼ら。

官軍に追われ辿り着いた飯盛山から、主君のいる鶴ヶ城が戦火に包まれているのを見て、もはや落城したものと思い自刃した。飯沼貞吉(1854~1931)氏だけが通りがかった地元の人に助けられたため、この話が知られることになったという。

現代では、ばかばかしいかもしれないけど、主君に忠誠を尽くした16、17歳=写真に思いを馳せた。飯盛山全体に切ない空気が流れていた。

Pict2036Pict2037_1 水のきれいさ日本一で有名な猪苗代湖に行くと、駐車場に鴨の群れが。さすがに驚いた。

友人に、「旅館の晩飯、鴨鍋なんじゃない?」と言っていると、当たっちゃった…

Pict2040 湖の北側にそびえる雪模様の会津磐梯山は絶景。東京への新幹線から見えた富士山も良かったけど、摂氏零度くらいの中、見るこちらは格別!!

旅館に向かう国道115号線は、全路線が雪道。吹雪のため、ほとんど前が見えない。泣き面に蜂、ところどころ凍っているところもあり、スリップあり、ハイドロあり。ハンドルを左右に振り続け、やっとのことで旅館に着いた。

新野地温泉“相模屋旅館”

Pict2049 旅館に着いたら、まずは温泉でしょ。ってなわけで、露天ならぬ野天風呂へ。

屋外に出ると、猛吹雪&零下の世界がご挨拶。さぶい、さぶい。

30メートルほどの階段道を降りたところにある温泉が見えたころには、飛び込み準備完了。湯温は熱い!!入浴後、温度差のため5分ほど震えがとまらなかった。

山形から登山仲間とやって来たおじさんは、ビールとつまみを持参。温泉の贅沢を満喫していた。乳白色の温泉は、保温効果抜群☆

入浴後は、零下の世界へ身を出しても、全く寒くなかった。ただ、湯あたりするので、注意が必要。かなり硫黄が強いので、長時間入浴してると、肌がやられます。ちなみに、帰宅後一週間の俺の顔はまだ荒れてます…

とくに、女性の方、気をつけてね!!

晩御飯は、鴨鍋・岩魚と山菜のてんぷらなど。オプションで、馬刺しと鹿刺しもつけたっけ。臭みがなくて、なかなか美味かった☆

翌朝、大満足で、杜の都・仙台へ出発!!

といきたいところだったけど、車が雪だるまに。さて、どうなることやら…

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2006年11月17日 (金)

プロヴァンスへ~南欧・列車の旅

Pict1272 サッカー選手の三浦知良(カズ)が、日本人で初めて世界最高峰のリーグ、イタリア・セリエAに挑戦した土地ジェノヴァ。ミラノからの列車は、30分ほど駅に滞在していた。列車の窓からは、新旧混じった美しい街並みが広がる=写真。確か、アメリカ大陸を見つけたコロンブスの生まれ故郷でもあったっけ。

6人のコンパートメントでの移動。イタリア語を話す5人と日本人の俺。中学生くらいの女の子は雑誌に夢中だったけど、他の4人は会話が絶えない。ジェノヴァまでは、睡眠不足解消にちょうどよかった。目覚めてからがいけない。会話に入れない…

旅行前、『幸せになるためのイタリア語講座』(オススメですよ~♪)というデンマーク映画を観たことで満足していたので(?)、ほとんど勉強しなかった。

なので、

景色を眺めたり、読書したり、自分の世界に入っていた。

途中から、ジャンヌというおばさまと二人になった。

英語で話しかけるも、ほとんどわからない模様。電子辞書、日英伊辞典、そしてボディランゲージを駆使して、会話を試みた。ちなみに、おばさまはフランス語ならわかるらしい。

フェラーリやマセラッティの生産地であるモデナ出身。会社の事務員をしている。ニースへバカンスに向かっていて、友人(?)と待ち合わせをしている、とのこと。

俺の職業を伝えると、「イタリア語やフランス語ができないのに、南欧へ来ているの?仕事で来たの?バカンスでもたいへんでしょ」と驚いていた。

そして、お互いが共通の言語を持たないことに、ストレスを感じた。

「会話って難しいね」とふたりでしんみり。

いつの間にか列車はニースへ。15分遅れで到着。マルセイユ行きに乗り換え。

日本の旅行会社は、ニースでの乗り換え10分弱のチケットを発行しようとしたけど、40分後の列車のチケットをお願いしていた。予想通り!!よかった、よかった。

案の定、俺が乗ったマルセイユ行きTGVには、乗り継ぎに失敗した乗客がたくさん。

料金を徴収する車掌を前に、頼みこむ若い婦人(たぶん10代)がいた。

フランス語なので詳細はわからないけど、「今、手持ちが足りない。赤ちゃんがいるし、どうかマルセイユまで行かせて。遅れたのはあなたたちなんだから、お願い、お願い」といった感じだった。30分ほど、やりとりがあって、彼女は支払いを免れた。

これは、フランスではよく見かける光景で、彼らは徹底的に自分の意見を貫く。列車の切符売り場でも、美術館の入り口でも、スーパーマーケットのレジでも。後ろに人が並んでいようが関係ない。また、例外が認められることが多々ある。事情を理解してくれた場合や人間として(?)受け入れられた場合、しつこさにうんざりされた場合などなど。

良くも悪くも個人主義。全てを杓子定規にかけなかったり、率直であったりするところは、けっこう好き☆

Pict1273 そういえば、マルセイユ駅(=写真)に到着すると、荷物の多い婦人を見て、乗客のみんなが赤ちゃんの乗ったべビーカーを運んでいたなあ。心温まるトピックだった。

Pict1447 アヴィニョンTGV駅からアヴィニョン・サントル駅へはシャトルバスで(新横浜―横浜、新神戸―神戸みたいな感じ)。

サントル(中央)駅に着くと、アヴィニョンの街を囲む城壁が見える。夜も更け、ライトアップされている姿は美しい限り。駅から1キロ以上はなれたホテルへの石畳の道は険しかったけど、南仏に着いた感動が後押ししてくれた。

ホテルに到着。二つ星だけど、イタリアとは全く違った。英語は完璧に通じるし、ホテルは綺麗。部屋に入ると、ダブルベッドで、しかも大きなバスタブ付き!!

風呂上りに、軽くワインを飲んで、ばたんきゅー♪

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2006年11月 7日 (火)

『僕の歩く道』

ずっと観たかったドラマ。先週、初めてテレビに向かう時間を持てた。

自閉症という脳の機能障害を持っている男性・大竹輝明を、草彅剛は見事に演じていた。

動物園での飼育係の仕事帰り、松田都古(香里奈)と輝明は、屋台でやきいもを買う。

二人は、ベンチに座ってやきいもを食べようとしたんだけど…

輝明は、都古に気が回らない。やきいもを買うときは自分の分だけ、ベンチに座るときは自分の座る場所の落ち葉だけ掃除する。普通なら、気分を悪くするところを、幼なじみの都古は、優しい目でみていた。

学生時代、喫茶店でアルバイトをしていたときのことだ。

常連のお客さんに自閉症の方がいた。テーブルで、新聞を読んだり、コーヒーを飲んだりする仕草は、健常者そのものだった。ただ、料金を支払いにレジに来ると、よく混乱された。小銭入れから硬貨全部を出してもらって、そこから料金分だけいただいたり、ヨーロッパのカフェと同じように、テーブルに料金を置いてもらったりしていた。彼は、人と接するのが苦手だった。

先日、「広島国際平和会議2006」に出席したときには、強い違和感を覚えたトピックが。

ダライ・ラマ14世(中国共産党軍の侵攻などにより、悪化し続けていたチベット情勢を打開すべく、チベット全土をアジア内陸部における平和の聖域とする「非暴力地帯」の構想を発表。1989年にノーベル平和賞を受賞)の講演のときのことだ。

「自我ばかりではなく、他人の立場に立つ必要がある」と、彼はおっしゃっていた。その中で「今の日本の若者の多くは、部屋の中に一日中こもっていると聞く。いわゆる『引きこもり』もっと外に出よう。」というメッセージを、英語で話された。

しかし、通訳の女性は、いわゆる『自閉症』と訳された。

世間一般に、誤解やステレオタイプが広がっているんだなあ、と肌で感じた。

『自閉症』は、は空間認知力や視覚認知・言語能力の発達が遅滞する脳の発達障害の一種で、先天的なもの。LD(学習障害)やADHD(多動性障害)、アスペルガー症候群を含めると、3%以上の人がこの種の障害を持っている。小学校の1クラスに、1、2人いることになるんだよなあ。

色んな困難や病気に直面して(後天的に)起こる「引きこもり」や「うつ」と違うことをみんなが理解しなければならないと感じる。

エジソンやアインシュタイン、ゴッホ、織田信長など過去の偉人もADHDだったのではないか、と言われている。自閉症の人は、ユニークな能力を持っていて、後世に欠かせない素晴らしい業績を残す可能性を持っている。

ドラマの中でも描かれている。輝明は、ツール・ド・フランスの歴代優勝者を全員覚えていたし。

いつものように、仕事帰りに輝明と都古がベンチに座っていると、雨が降ってきた。別れた恋人(葛山信吾)からの電話が鳴り続け、こらえきれず、都古は雨に打たれながら泣き出した。輝明はそっと自分の傘に都古を入れた。何かを感じたんだろう。観ていて、すごくうれしかった☆

都古や輝明の母(長山藍子)のような人が増えればいいなあ。描き方を見ていると、このドラマが輝明を温かく見守っているのがよくわかる。きっと、俺を含め、みんなが「自閉症」を理解する、そして温かい心を持つきっかけになるよ。今晩の放送が楽しみ♪

公式HPは、ココをクリック♪

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2006年10月28日 (土)

北朝鮮の核問題について~2006年度ノーベル平和賞受賞候補者との話

2006年ノーベル平和賞が10月13日に発表されました。受賞されたのは、ムハマド・ユヌスさんと、貧困層を対象とした少額無担保融資を行うバングラデシュのグラミン銀行。
社会や経済の発展のために行った草の根の活動が評価されてのものでした。

ヨハン・ガルトゥングさんという方をご存知ですか?

今年度の受賞候補の一人です。

ノーベル平和賞(他のノーベル賞の授賞式はスウェーデン・ストックホルム)の授賞式があるノルウェーの出身で、前のオスロ国際平和研究所所長。

国連機関を中心に国際紛争解決に向けたコンサルタントの仕事もなさっています。

先日、来日された際、運良く酒を飲み交わす機会を持てたので、彼の話を書きます。

講演会にも参加したので、それもふまえて。

講演会のお題は「もう一つの東アジア共同体を求めて」

6カ国の目的と日本のとるべき道を示された。

(※僕のコメントは青色にします)

<北朝鮮>

アメリカと平和条約を結ぶこと(理由:国際社会の一員と認められたい)

<アメリカ>

①米国に友好的な態度をとらない国に核保有させたくない

②北朝鮮の政権が崩壊すること

③降伏しなかった国とは平和な関係を持てない、持ちたくない

 ←降伏した国は取り入れるが、朝鮮戦争で降伏しなかった北朝鮮は取り入れられない

<日本>

政府内では、二つの考えがあると話された。

1)今後もアメリカに従属して生きていく

2)1)+独自の核兵器を持ちたい

彼は、この2点で議論されることはないだろうと話す。理由は、日本には独立したメディアがないから、らしい…

<韓国>

2つの大きなジレンマがある。

1)2国家1民族との考え方から、韓民族は殺し合いをしない。

2)現状、北朝鮮の領空を米国でなく、韓国が支配しようとしている。

→北朝鮮が核兵器を使うのならば、相手(敵)は米国

<中国>

世界の賢者として知恵を授けたい。

→北朝鮮の行為は賢明ではない。目的は理解できるが、方法は理解できない

 その結果、国連憲章7章(軍事的制裁措置を採ることも可能)を盛り込んだ決議を安全保障理事会で採択した

<ロシア>

大国としてポーズは示しておきたい。

安全保障理事会その他の場で、中身のある発言はしていない

【最重要】世界各国の連携(共同体)の現状

1、EU

2、アフリカ共同体

3、南アジア共同体

4、ASEAN(東南アジア諸国連合)

共同体作りが進んでいるもの

☆ラテンアメリカ共同体

☆イスラム圏の共同体 カサブランカ(北アフリカにあるモロッコの都市)からミンダナオ島(フィリピンで2番目に大きい島)までの広範囲

☆ロシアと周辺諸国

<共同体に属していない国>

米、英、イスラエル、オーストリア(いずれも神[キリスト教]と直接の関係にある国)、

そして、日本

この事実には驚かされた。北朝鮮の問題とは別に、近隣諸国と友好関係を結ばなければならない。以前からわかっていたことだけど、切迫しているのがよくわかった。

 ここ十数年の行動から、政府はアジア諸国と友好関係を結ぶことを最重要視していない。なので、個人個人が身近なところから行っていくしかないと感じた。

友人を作って会話したり、政府の言動を注視したり。

●では、北朝鮮の脅威に対して、日本はどうすべきか?

3つの提案をなされた。

①アメリカと北朝鮮とが話し合う場をセッティングする

②インドから学ぶべき

 イスラム過激派による列車爆破事件(2006年10月28日7月11日)に対して報復行為に出なかった。インドはパキスタンに侵攻しなかった。

③参加するみんなが利益を得られるようなベストの東アジア共同体を提案する

 今の日本政府のやり方では、サモア・ベトナム・フィリピン・韓国・太平洋諸島の小さな国々としか連携できないだろう。つまりは、大東亜共栄圏的なものでしかないということ。

ガルトゥングさんが英語で話されたことをそのまま日本語で記しました。

賛否両論あるかと思います。ただ、僕を含めて、事実を知った上で考えないといけないなあと思い、書きました。旅先でいつも感じるのですが、知らされていないこと、教わっていないことって多いんですよね。

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2006年10月22日 (日)

アートとパスタと警官と~ヴェネツィア(ベニス)④

久しぶりの更新になります。書きたいことはたくさんあるのですが、南欧旅行の続きから…

Photo_6 朝、安藤忠雄が作った美術館を訪ねる。前日のゴンドラツアーで知り合った人が教えてくれた。大運河にかかるアカデミア橋には、“Where are we going”と美術館の宣伝=写真がなされていた。日本の歩道橋にある「狭い日本。そんなに急いでどこに行く」なんかのスローガンのよう。

Pict1202_1 美術館は、「SAN SAMUELE」という水上バスの駅のすぐそば。大運河に面している。名前を確認するために、現地で買ったガイドを見るも、載っていない…。最近出来たばかりなので、ガイドに加えなかったのか、前衛芸術への反発か、あるいは日本人が創ったものは認めないのか。考えすぎかなあ。

Photo_7 入り口には、ビニール風船?で作られたワンちゃんが=写真(犬に詳しくないので、種類は、?です)。愛らしいいでたち。

入場料は10ユーロ(1500円)。高い!日本の美術館みたい。でも、そのわけはすぐにわかった。エアコン完備&人件費。気温が高かったので、非常に過ごしやすかった。

4年前に訪れたフランス・パリのルーブル美術館を思い出した。ちなみに、イギリス・ロンドンの大英博物館は暑くて、サウナのようだった。ストライキをしていて、鑑賞できる部屋も限られていた。

ヨーロッパは、石造りで湿気も少ないため、屋内は涼しい。そのため、エアコンを付けていない家や建造物が多い。環境にもやさしいし。でも、近年、温暖化の影響でエアコンなしでは過ごしにくくなっている。2003年の夏、パリでは異常な暑さのため十数万人が死亡した。そのとき、日本のエアコンが飛ぶように売れたのは有名な話。

っと、今回の旅行に話を戻して。

美術館内は、水の都・ヴェネツィアとは一線を画す。

牛を輪切りにしてホルマリン漬けにした作品、日本の公共広告機構の「いのちくん」のCM(クリックすると同じものが観れますよ☆)、反戦PRのオブジェ、宇宙をイメージしたものなど、いろんな国の作家の作品が部屋ごとに並んでいる。

なかなか、面白かった。一見の価値あり!ただ、部屋ごとに監視員がいるので、ほぼマンツーマン状態が続きます(笑)。

Photo_8 お昼は、いい感じのレストランに。イタリア滞在中に、パスタを食べなきゃというのがあった。

席に着くと、ウェイターが「英語わかる?」とメニューを渡す。話すのは苦手でも、読むのは大丈夫な典型的日本人の俺。質問されたことが悔しくもあり、「その通り」と納得する自分もいた。

Photo_9 奮発して、イカ墨パスタを注文=写真。テーブルのバスケットには、バケット一本を切ったものとスティック菓子(包装はトマトプリッツの透明版みたいな感じ)。ひとりでこんなに食べれないなあ、と思っているとウェイトレスが登場。

Bon appetit(めしあがれ)”と言う笑顔はかわいいけど、なぜにフランス語を。

カプチーノを飲みながら日記を書いていると、最後にチョコレートボンボンのプレゼント。

素敵なサービスに酔ってしまった。ウイスキーが強かっただけかも(笑)

Photo_10 左の翼のある獅子は、ヴェネツィア共和国の象徴

Photo_11 昼食後、かの有名なサンマルコ寺院へ。すごい行列だった。

バルコニーからの景色は最高!!権力の象徴、4頭のブロンズ馬像にも出会えた=写真

モザイクで埋め尽くされた5つのドームも素晴らしい。ヴェネツィア共和国の金持ちぶりを感じさせられた。

Pict1220 Pict1221

どちらの写真がいいですか?

Pict1210

本島散策後の最後に、ゲットー・ヌオーヴォ広場に=写真

イギリスのジャーナリストオススメの場所で、ぜひ訪ねたかった。

静かな広場を囲むように、高い建物が隣立する。ヴェネツィア共和国時代、ユダヤ人が住んでいた地区。限られた土地に、彼らは住むことを余儀なくされたため、自然と建物が高くなっていったという。ただ、ヴェネツィアでは、どんなに反ユダヤ感情の強い時期でも、他の西欧諸国のように、民衆によるゲットー(ユダヤ人)襲撃のような事故は、ただの一度も起こらなかった。こういうところが好きなんだよなあ。

観光客も少なく静かで、風情があります。ベンチや水道もあるので、休憩にも最適!オススメです☆

ヴェネツィアともお別れ。

Pict1229 リアルト橋

Pict1228 橋の上は市場になっている。昔は、銀行が並んでいたらしい

Pict1233 列車出発1時間ほど前に、サンタ・ルチア駅=写真に到着。船酔いしていたのもあって、スーツケースにもたれながら駅周辺のベンチで座って(眠って)いた。すると、誰かが肩をたたく。目を開けると、2人の警官が。「何をしているのだ」と高慢な態度で質問する。寝ぼけ眼で、「疲れていたから、ちょっと休んでいた。ミラノ行きの電車を待っている」と答えた。成り行きは忘れたけど、ピストルとエンブレムの確認のみでパスポートを提示していた。

目が覚めてきて、ハッとする。「こいつら本物か」

(イタリアには偽装警官がたくさんいるようです。みなさんは、ちゃんと確認してくださいね。「手帳見せてもらっていいですか」と。)

トランシーバーでのやりとりを聴いていると、本物みたい。トリノやナポリと更新していた。パスポートに入国の刻印がないことで、疑われたようもよう。ロンドンで2階建てバスの爆破事件があったように、テロリストへの警戒心は強い。

今回の旅は、パリからの入欧だったけど、入国審査官はスタンプを押さなかった。みなさん、審査官には「スタンプ押して」と要求しましょうね。

警察官と入国審査官との温度差が、腑に落ちなかった。このあたりが、ヨーロッパらしい。

そういえば、先月、友人がグアムになかなか入国できなかったとのこと。昨年、シリア・ヨルダン・エジプトを旅していた。パスポートにシリアのスタンプがあったのが、問題だったらしい。悪の枢軸とのレッテル貼りもここまでくると、あきれちゃう。

アメリカとヨーロッパの違いを感じたトピックだった。

次の目的地は南仏・アヴィニョン。

夜行列車が満席で、ミラノで一泊することに。このおかげで、ミラノぷち観光することになるのだった。

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2006年9月21日 (木)

『母たちの村』~アフリカにおける「女性性器切除」という慣習から~

Dsc_1270_1今日は、昨日上映会に参加した、第57回カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリ受賞作のセネガル・フランス合作映画『母たちの村』を取り上げます。

「女性割礼」という言葉をご存知ですか?
アフリカに古くから伝わる儀式で、(少女時代に)女性性器を一部切除、縫合するものです。激しい苦痛と感染症、切除後の癒着などによる障害の発生、結婚や出産、性行為時に苦痛や危険をともなうため、問題とされています。     

         

人間としての尊厳を無視していると思われる慣習。それが根強く残っているという事実を知り、自身の無知を感じた。

 しかも、ソマリア、スーダン、ケニアを中心に30カ国で、年200万人もの女性が受忍しているとのこと。驚かずにはいられなかった。

 胸が痛くなったというのが素直な感想。休憩時、タバコを吸わずにはいられなか

った。

 映像を目にした瞬間は、「ひどい。理不尽だ」と反応したが、ストーリーが進む

中、ある思いが頭を離れなかった。

 「どうすれば、この慣習の理不尽さを当事者に伝えられるのか。また、

 どれくらいの当事者(女性側)がこの『女性割礼』廃絶を求めているのか」

女性のからだを傷つける良くない行為であることは間違いないけれど、外部の人間が「悪しき慣習」とレッテルを貼ることが解決につながるのか。

 もし、私たち外部の人間の力によって「悪しき慣習」を排除できたとしても、村

住む女性たちのリスクを消すことができるのか。

  村の男女全員に納得してもらわないと、村八分やコミュニティからの脱出(移住

?)を余儀なくされてしまうんじゃないか。

 やはり、慣習は村出身の人(アフリカに住む人)が変えていくのが、ベストなのかなあ。男性による訴えであれば、よりよいのかなあ。

 などなど思いをめぐらした。

 

 「女性割礼」というアフリカに伝わる儀礼を通して、さまざまな問題提起が

ている作品だった。

 

一方で、アフリカ女性の力強さと優しさ、そして豊かなアフリカのコミュニケーションが色鮮やかに描かれていた。微笑ましかった。

 

 上映後の対談会で、「アフリカの監督がアフリカの人に向けて」メッセージを送り、彼ら彼女らの教育を啓蒙している映画、との説明があった。

 けど、監督のメッセージはアフリカだけでなく、世界中に対してのものと感じた   

。 

日本の社会にも同じような問題(男尊女卑、家父長制、封建制度…。もちろんこれらの制度を否定してるわけではありません)が残っていて、それを解決するヒントがこの作品にあるんじゃないかなあと。

※僕はジェンダー、アフリカの問題について全くの素人ですので、間違いなどあるかもれ  

 ません。気軽に指摘&コメントください。

 いい映画だったので、紹介しました。

 ストーリーなどは公式HPをご覧ください。

 これから日本各地の映画館で上映されると思います。

 大阪:OS名画座(06-6311-2478)で、9月23日ロードショー

 

 

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2006年9月 6日 (水)

フィレンツェ③~外国人労働者の受け入れ

今日は、日本であまり報道されないテーマを書きます。一緒に考えてもらえたら、と思い書きますね。

ひょんなことから仲良くなったフェルナンド。雑談から始まり、政治問題、国際情勢、テロリストの問題など、大いに盛り上がった。2時間ほど話したかな。何度突っ込もうかと思ったか。「おいおい、仕事中だろ」(笑)

人種差別が最も薄いといわれるイタリア。その中でも退屈なくらい静かで文化的な都市、フィレンツェ。スリランカ人のフェルナンドは、トイレの管理官(トイレ料金を受け取ったり、不審者がいないか見張ったり)だった。市ではなく、民間会社に雇われていた。街の美観を保つべく、毎夜(たぶん)掃除している人たちも同会社の雇用。さすが観光大国イタリア。彼は、当初、労働ビザでなく、観光ビザで仕事に就いていたという。彼が勤める民間会社のメンバーは、ほとんど全てが移民で労働ビザを持っていない。労働契約などに何らかの問題のある「ヤミ労働」。外国人労働者は、日本同様、立場が不安定なのだ。

観光大国イタリア:観光収入のGDPに占める割合2.6%(日本の26倍)

         byIMF「IFS」及び国際観光振興会(2002

<彼の持っていたスリランカ語の新聞からのデータ>

2006年のイタリアの労働ビザ発行数:17万5000人

エジプト:7000、モルダヴィア:5000、アルバニア:4500、

モロッコ:4000、スリランカ:3000、バングラディシュ:3000

フィリピン:3000、中国+ロシア+ポーランド:1500人

2003年は、労働ビザ発行数:8万7000人だった。すごい増加率。どちらも日本では考えられない数。

フェルナンドとの会話では、「イタリア人は怠惰だから、外国人にめんどくさいことは任せてるんだよ」とお互いに笑ってごまかした。

イタリアは、「ヤミ労働」が最も広く行われている国の一つ。ヤミ経済の駆逐と移民の法的地位改善を目的に、1986年以降、約5年ごとに超過滞在者や不法入国者に対して滞在許可を与える「正規化」が実施されている。2002年には、約64万人が正規化された。

正規化は、ヤミ労働の追認措置であり、移民の地位改善のための根本的な解決になっていないという批判も多い。

(参考:『欧州における外国人労働者受入れ制度と社会統合』 by独立行政法人労働政策研究・研修機構)

でも、「正規化」という措置が、日本の外国人問題を考える上でのヒントであることも事実。

こうしたイタリアの事情にふれることで、日本の閉鎖性を改めて痛感した。

そして、2002年サッカーW杯のフーリガン対策を契機に、どんどん強化される外国人の入国管理に疑問を抱いた。

難しい問題だけど、イタリアのように、もう少し柔軟に対応できたらなあと思う。

めちゃくちゃ、カターイ話題になっちゃいました。以下の写真で、ブレイクしてください。ドゥーモからの「ジョットの鐘楼」とアルノ川に渡る「ヴェッキオ橋」です☆Pict0994_1

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