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2006年12月11日 (月)

南仏の絶景、世界遺産の世界~プロヴァンス①

半月にわたる南欧の旅も半分が経とうとしていた。

アヴィニョンで迎える1回目の朝。

焼きたてのクロワッサンにコーヒー、フレッシュフルーツ。全てが美味い!!

南仏の2つ星ホテルは、気持ちよく朝を迎えさせてくれた。

城壁で囲まれた街の中を通り、さっそくアヴィニョン橋へ向かう。

途中、ツーリスト・インフォメーションでマップとガイドをもらうと、「あなたの国籍は?」と受付の女性が。英語のガイドから日本語のガイドに変えてくれた。日本語ガイドがなかったフィレンツェ、ヴェネツィアを思い出し、不思議だった…

ほうっておいても客が来る都市とそうでないところの違いかな。

Pict1287 「アヴィニョンの橋で踊ろよ、踊ろよ……」で有名なサン・べネゼ橋(アヴィニョン橋)。

橋を対称軸に位置するローヌ川、城壁都市は、絶景!!

Pict1280 ローヌ川の氾濫や戦争で破壊され、対岸まで通っていない橋に何ともいえない趣きがあった。橋の終点が川の中っていうのも面白い!

Pict1286 サン・べネゼ橋周辺には観光バスの停車場がある。それは、あまり気持ちのいいものではないけれど、近くの河畔に美しい花が!!

湿度のないプロヴァンスにあって、生き生きと咲いているラベンダー=写真。道路沿いで、バスの排気ガスもある。それに負けない生命力に感動した。

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城壁の外から階段を登って、ロシェ・デ・ドン公園へ。雄大なプロヴァンスの風景と子どもたちの笑顔に癒された。写真は、みんなちょっと緊張しちゃってるなあ…

Pict1375 そして、世界遺産としても有名な法王庁へ。ローマ法王がアヴィニョンにいたのは、旅行計画時、初めて知った。

Pict1295 新宮殿と旧宮殿があるけど、かつての栄華はほとんど感じられない。それよりも、外から見る荘厳ないでたちが素晴らしい。そういえば、内部には演劇のホールがあった。

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そう、訪ねたのが一年に一度あるアヴィニョン演劇祭の初日☆(写真は、街中にある演劇案内のポスター)

ラッキーとしか言いようがない!!

街中には、フランス国内外からやってきた数多くの劇団がデモンストレーションをしていた。夕方からの公演のPRをしてるんだね。パンフレットももらった。観たかったけど、南仏一番のお目当て“ポン・デュ・ガール”に行きたかったので、断念。でも、デモンストレーションでも充分楽しめた♪

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一番興味深かったのは、『mascarade』(仮面舞踏会)。フランス語はわからないけど、だいたいの情景が伝わってきた。ドキドキした。

さて、午後はツアーを利用して、ポン・デュ・ガールへ Allez! On va?(れっつごー)

BMWでの心地いい小旅行。日本の企業で、10年間勤めた後、妻のふるさとであるエクス・アン・プロヴァンスで過ごしているガイドの男性と老夫婦の4人旅。ガイドの男性は、三人が(俺が?)楽しんでいる様子に、配慮し続けてくれた。予定より2時間ほど長い旅になっちゃった。残業ごめんなさい…。そして、ありがとう!!

Pict1301 ポン・デュ・ガール(水道橋)への道は、ポプラ並木(アカシアだったっけ?)。忘れちゃった…

Pict1333 強い日差しの中、銀色に光る葉、街道の門番のように整然と並ぶ木々に言葉を失った。フランスの造形美は、パリだけでなく、田舎にも生かされている。

Pict1302 眼前にそびえる建築物に言葉を失う。圧倒的な存在感。

これが、2000年以上前に造られていたとは…。

美しさとともに、古代ローマ帝国の技術力に驚いた。何ていったって、全長50キロメートルで、17メートルの勾配。キロあたり、34センチ。すごい!!

当時、日本は、弥生時代。青銅器が中国大陸からやって来たころ。卑弥呼も生まれてないんだもん。

Pict1310 橋の上からアーチになっている上方の導水路を眺めてみる。歳月を経た石の姿に、思いをめぐらした。赤、黒、茶、おうど、白、見る角度からさまざまな色彩を放つ。完全に、やられてしまった… 

Pict1308 橋の壁には落書きが…=写真。日本やドイツなどでは「けしからん!!」と怒られそうだけど、これも歴史を感じさせる一つとなっている。たぶん、19世紀の建築家を志す若者が残したものだろう。

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橋を渡り、階段を上ると、水が流された橋の頂上に。ここから、たくさんの人の生活の糧が作られたんだね。

Pict1315 少し奥に行くと、地面が石灰質になる。

「行ったことがない」とガイドさん。俺が下見をすることに。山を少し降りてみる逆からのガール水道橋は、また違う味がある。個人的には、裏からの景色のほうが好き☆

ガイドさんは、「次から、コースに入れます」とおっしゃっていた。

駐車場へ戻る帰り道。

ガルドン川には、ピクニックに来た家族ずれや崖から飛び込みをする若者たちが。

日本の観光地では考えられない光景だった。「危ない」「恥ずかしい」「雰囲気が損なわれる」といって許されないだろう。よくも悪くも、個人主義。フランク(frank)王国の名残かな。

俺も混じりたかったけど、ツアーなのでがまん、がまん。後で聞いたら、今までで一番長い滞在時間だったらしい…

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2006年12月10日 (日)

東北の旅①~山奥の秘湯と銀世界の会津若松

12年ぶりの中学時代の友人との再会。その場所に選んだのは、雪景色の東北だった。

前日に東京入りし、早朝出発した。

東京では、神田神保町の古書街に初めて足を運んだ。

学生時代、京都で過ごした俺だったが、こんなにたくさんの本屋が軒を連ねている場所は初めてだった。東京での楽しみをまたひとつ見つけちゃった☆

Pict2011 友人の車に乗り、レインボーブリッジから朝日を眺める。あまりの美しさに心奪われちゃった…

気分爽快で最初に訪ねたSAには、何と、うさちゃんが!!=写真

Pict2015 佐野ラーメンという栃木のご当地ラーメンをいただいた。サービスエリアの名物品って、意外とおいしいんだよね。土産も含めて。何といっても、車外に出た後の空気が格別♪

福島県南部の観光をした後、中部・会津若松市へ。白虎隊が自決した飯盛山に行く。

Pict2032_1雪が降る中、20人の若者の心に触れる。

戊辰戦争の際、幕府軍の一員として戦った彼ら。

官軍に追われ辿り着いた飯盛山から、主君のいる鶴ヶ城が戦火に包まれているのを見て、もはや落城したものと思い自刃した。飯沼貞吉(1854~1931)氏だけが通りがかった地元の人に助けられたため、この話が知られることになったという。

現代では、ばかばかしいかもしれないけど、主君に忠誠を尽くした16、17歳=写真に思いを馳せた。飯盛山全体に切ない空気が流れていた。

Pict2036Pict2037_1 水のきれいさ日本一で有名な猪苗代湖に行くと、駐車場に鴨の群れが。さすがに驚いた。

友人に、「旅館の晩飯、鴨鍋なんじゃない?」と言っていると、当たっちゃった…

Pict2040 湖の北側にそびえる雪模様の会津磐梯山は絶景。東京への新幹線から見えた富士山も良かったけど、摂氏零度くらいの中、見るこちらは格別!!

旅館に向かう国道115号線は、全路線が雪道。吹雪のため、ほとんど前が見えない。泣き面に蜂、ところどころ凍っているところもあり、スリップあり、ハイドロあり。ハンドルを左右に振り続け、やっとのことで旅館に着いた。

新野地温泉“相模屋旅館”

Pict2049 旅館に着いたら、まずは温泉でしょ。ってなわけで、露天ならぬ野天風呂へ。

屋外に出ると、猛吹雪&零下の世界がご挨拶。さぶい、さぶい。

30メートルほどの階段道を降りたところにある温泉が見えたころには、飛び込み準備完了。湯温は熱い!!入浴後、温度差のため5分ほど震えがとまらなかった。

山形から登山仲間とやって来たおじさんは、ビールとつまみを持参。温泉の贅沢を満喫していた。乳白色の温泉は、保温効果抜群☆

入浴後は、零下の世界へ身を出しても、全く寒くなかった。ただ、湯あたりするので、注意が必要。かなり硫黄が強いので、長時間入浴してると、肌がやられます。ちなみに、帰宅後一週間の俺の顔はまだ荒れてます…

とくに、女性の方、気をつけてね!!

晩御飯は、鴨鍋・岩魚と山菜のてんぷらなど。オプションで、馬刺しと鹿刺しもつけたっけ。臭みがなくて、なかなか美味かった☆

翌朝、大満足で、杜の都・仙台へ出発!!

といきたいところだったけど、車が雪だるまに。さて、どうなることやら…

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